浄土宗 奥塩山 雲上寺
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雲上寺の創始
奥塩山雲上寺は阿弥陀如来を本尊とし、浄土宗総本山知恩院の末寺であります。仙台市新寺小路成覚寺天蓮社良袋和尚の塩竈巡錫によって、元和元年(1615)8月15日、当市山の寺囲に開基された本市で最も古い寺です。
成覚寺と塩竈市の因縁
当市と成覚寺の因縁は極めて古く、同寺の什宝清海曼陀羅が京都からもたらされたことは、塩竈大明神の勧請によるものと伝えられ、同寺境内には明治初年まで塩竈大明神が同寺の鎮守として祀られて来ました。本寺が塩竈神社の背後の山の寺囲に開基されてこともこうした因縁によるものと伝えられています。
本寺の再建
正徳6年(1716)法界壇で火災にあい、堂宇を焼失しました。寺はその後、修復をみたものの小規模なもののようでした。14世良心上人の代に、檀徒佐藤善左衛門氏は、木材廻船問屋を営む旧家でしたが、篤く仏門に帰依し、当時の雲上寺の本堂が狭隘で頽廃し、僅かに風雨をしのぐ有様でしたので、氏は率先して巨資を寄進され、本堂を建立することが出来ました。現在の小山坊敷で、時に延享4年(1747)のことでありました。同家に伝わる秘仏阿弥陀如来像も同時に奉還し、今日に至っております。
寺院の再興
その後年を経ること二百年余、慶応3年2月、本市の大部分を焼土と化した大火をはじめ、しばしばの災害にも難を免れて来ました。しかし、かつては当一随一を誇った間口7間奥行6間の本堂も漸く狭隘となり、再建が叫ばれたのですが、日支事変、大東亜戦争、更に戦後の諸情勢はその実現を許さず、老朽その極みに達し自然の風雪にも耐えなくなりました。
昭和40年(1965)、三十三世良晃和尚は檀家総代並びに有志と計り、壇信徒の協力を得て、近代的な規模と様式による本堂と黒谷会館の完成をみることが出来ました。

その後三十四世良雲代に、時世の推移と檀信徒の増加に伴い、昭和五十六年(1981)五月、高祖善導大師千三百年遠忌、元祖法然上人八百五十年降誕を記念して黒谷会館の改修増築を完成。さらに平成6年(1993)、檀家総代並びに会館建設委員会と檀信徒の協力を得て、急速に変動する時代に対応できる寺院の機能と設備を持つ、仏教文化センターの建設と黒谷会館の改修を施工し、平成七年(1995)六月その完成をみました。
写真撮影/タカオカ邦彦 写真提供/『浄土』
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